公認心理師資格試験 過去問解説 第4回 午前 問75|高齢者の万引きと窃盗症の鑑別

公認心理師過去問第4回75 公認心理師試験

第4回公認心理師試験・午前問75は、70歳女性の万引き行為をどのように理解するかを問う事例問題です。正答は①です。

決め手は、1回の万引きだけで窃盗症を強く疑うのは早すぎるという点です。一方で、介護負担、夫婦関係、ストレスへの対処力、高齢期に新しく現れた行動変化としての器質性・神経認知障害の可能性は、いずれもアセスメント対象になります。

問題

70歳の女性Aは、夫Bに付き添われて公認心理師Cのもとを訪れました。Aは近所のスーパーで好物の菓子を万引きし、店外で食べているところを発見されています。Aは「万引きはその一度だけで、なぜしたのか自分でもよく分からない」と話しています。また、同居するBの母親が半身不随であり、その介護をAが一人で担っていること、自分の時間が持てないこと、Bが介護をAの役割だと考えていることへの不満も述べています。AとBは再発防止の助言を求めています。

この状況について、CがAを理解する際に不適切なものを1つ選ぶ問題です。

選択肢の要点

  1. Aは窃盗症である可能性が強いと考える。
  2. 慢性的な負担によりストレス対処力が低下している可能性を考える。
  3. 夫婦間のコミュニケーションに問題がある可能性を考える。
  4. 義母の介護がAにとって大きな負担になっていると考える。
  5. 高齢期の新しい行動変化として器質性疾患の有無も確認する。

正答

①

この問題で問われていること

この問題は、万引きという行動だけを見て診断名に直結させるのではなく、行動が起きた文脈を多面的にアセスメントできるかを問っています。心理支援では、同じ「万引き」という行為でも、その背景にある機能や原因は一つとは限りません。

とくに高齢者で、それまでみられなかった社会的に不適切な行動が新しく出現した場合には、心理社会的要因だけでなく、神経認知障害など器質性の要因も含めて評価する必要があります。一方で、診断名を付けるには、その障害に特有の経過や症状パターンが必要です。

窃盗症とは何か

窃盗症(kleptomania)は、単に「物を盗んだ人」を意味する診断ではありません。WHOのICDでは、病的窃盗は、個人的な使用や金銭的利益を主目的としない物品を盗みたいという衝動に繰り返し抵抗できないことを中心に整理されています。典型的には、窃盗前の緊張の高まりと、窃盗後の満足感や解放感が問題になります。

したがって、窃盗症を疑うには、反復性、衝動性、窃盗の目的、窃盗前後の主観的体験、他の精神疾患や器質性疾患でよりよく説明できないかなどを確認する必要があります。

本事例では、A自身が「最初で最後」と説明しており、反復する窃盗衝動や典型的な前後の体験も示されていません。現時点で「窃盗症の疑いが強い」とまで理解する根拠は不足しています。

①「窃盗症の疑いが強い」が不適切な理由

万引きという行動が一度あったことと、窃盗症という臨床的なパターンがあることは同じではありません。診断的理解では、単一の行動ではなく、頻度・反復性・衝動の性質・行為前後の感情・目的・他疾患の除外を確認します。

本事例では、介護負担や夫への不満という明確な心理社会的ストレスも示されています。まずは、なぜそのときに行動が起きたのかを広く検討すべきであり、窃盗症という一つの説明に早期固定するのは適切ではありません。

② ストレスへの対処力が弱まっている可能性

Aは70歳でありながら、半身不随の義母を一人で介護し、自分の時間を持てない状態にあります。長期的な介護負担は、身体疲労だけでなく、睡眠不足、感情的消耗、孤立感、怒りや抑うつ、不安などにつながることがあります。

重要なのは、これを「ストレスに弱い性格」と決めつけることではありません。普段は対処できる人でも、負担が長期化し、休息や支援資源が不足すれば、対処力は低下します。Aの生活全体、介護時間、休息、相談相手、利用可能な社会資源などを確認する必要があります。

③ 夫婦間コミュニケーションの評価

Aは、Bが「介護はAの仕事」と考えていることへの不満を明確に語っています。Aが感じている負担と、Bが認識している役割分担にずれがある可能性があります。

このため、夫婦間で介護負担や困りごとが十分共有されているか、Aが援助を求められているか、BがAの疲労をどの程度理解しているかを確認することは妥当です。万引きの再発防止を考える際も、本人だけに自己管理を求めるのではなく、生活環境の調整が必要です。

④ 介護負担の評価

事例文には、Aが一人で介護を行い、自分の時間を持てないと語っていることが示されています。したがって、介護がAにとって負担になっていると考えることには十分な根拠があります。

公認心理師としては、心理的な意味づけだけでなく、介護サービスの利用状況、家族内の役割分担、レスパイトの機会、地域包括支援センター等との連携可能性なども確認します。行動だけを変えようとするより、負担を生み続ける環境を見直す視点が重要です。

⑤ 器質性疾患を確認する必要がある理由

高齢期に、これまでみられなかった脱抑制的・社会的に不適切な行動が出現した場合、器質性疾患や神経認知障害の可能性を評価することは重要です。前頭側頭型認知症などでは、脱抑制、社会的規範から外れる行動、常同行動などがみられることがあります。

ただし、この事例だけで認知症を診断してよいわけではありません。認知機能低下、性格変化、遂行機能、日常生活機能、時間経過、他の神経学的症状などを確認し、必要に応じて医療機関につなぎます。ここでのポイントは、器質性疾患を診断することではなく、鑑別候補から外さないことです。

窃盗症と認知症関連行動をどう見分けるか

試験では「窃盗=窃盗症」と結びつけないことが重要です。窃盗症では、反復する窃盗衝動と、その衝動に抵抗できないパターンが中心です。一方、神経認知障害に伴う万引き様行動では、脱抑制、判断力低下、社会的規範への感度低下、他の認知・行動症状などを伴うことがあります。

さらに、心理社会的ストレスの中で一時的な問題行動が起きることもあります。そのため、診断名より先に、いつから・何回・どの状況で・何のために・前後にどんな感情があったかを確認します。

試験での見分け方

  • 一度の行動だけで特定の精神疾患を「強く疑う」と断定しない。
  • 高齢者の新しい行動変化では、心理社会的要因と器質性要因の両方を確認する。
  • 介護負担が明示されている場合、本人の対処能力だけでなく環境調整も考える。
  • 窃盗症では「反復性」と「衝動の性質」が重要。
  • 公認心理師の見立ては、診断名の早期固定よりも仮説を複数保持する。

関連知識

前頭側頭型認知症やBPSDについては、第5回午前問23の解説が関連します。また、認知症の中核症状と行動・心理症状の整理には、第3回問22の解説も参考になります。

アセスメントで追加確認したいこと

実務的には、万引きの直前に何があったか、衝動や緊張感はあったか、行為後に安心感や後悔があったか、過去にも似た行動がなかったかを確認します。さらに、睡眠、抑うつ、不安、認知機能、服薬、飲酒、生活上の大きな変化なども確認し、再発防止を「本人の意思の弱さ」だけに還元しないことが重要です。

再発防止は「盗まないように言う」だけでは不十分

AとBは「二度と万引きしないための助言」を求めています。しかし、再発防止を本人への注意や約束だけに限定すると、背景にある負担を見落とします。Aが介護によって休息を失い、夫婦間で役割分担への不満を抱えているなら、生活環境を調整しなければ同様のストレスは続きます。

そのため、再発防止では、介護サービスや家族内の分担を見直すこと、A自身の休息時間を確保すること、夫婦で負担感を共有すること、必要なら医療的評価を受けることなどを組み合わせて考えます。公認心理師試験では、問題行動だけを取り出して「本人にやめさせる」よりも、行動を生み出している文脈を評価する視点がしばしば重要になります。

「疑いが強い」という表現にも注意

選択肢では、単に「可能性を検討する」ではなく「疑いが強い」という強い表現になっています。事例問題では、限られた情報から診断を強く推定する選択肢は慎重に検討します。本問では窃盗症を示す反復性などの情報が乏しい一方、介護負担や夫婦関係の葛藤は問題文中に直接示されています。

したがって、証拠の強さを比較すると、②〜④は事例文から直接支持され、⑤も高齢期の行動変化として確認する合理性があります。①だけが、現時点の情報に対して診断的推論を進めすぎています。

事例問題での基本姿勢

この種の事例では、「何が起きたか」と「なぜ起きたか」を分けて読むことが重要です。行動事実は万引きですが、その原因はまだ確定していません。診断仮説、生活ストレス、家族関係、身体・神経学的要因を並行して検討し、追加情報で絞り込む姿勢が適切です。

特に「疑いが強い」「必ず」といった強い断定表現は、事例文に十分な根拠があるかを確認してから選びます。

本問では、まず広く仮説を持ち、追加情報で見立てを更新する姿勢が重要です。

まとめ

第4回午前問75の正答は①です。Aに万引きが一度あったとしても、反復する窃盗衝動などの情報がない段階で「窃盗症の疑いが強い」と理解するのは不適切です。

一方で、介護負担、ストレス対処力、夫婦間コミュニケーション、高齢期に新たに出現した行動変化としての器質性疾患は、いずれも検討すべき領域です。試験では、単一行動から診断へ飛ばず、多面的にアセスメントするという原則を押さえましょう。

参考資料

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