公認心理師資格試験 過去問解説 第5回 午前 問53|ナラティブの概念

公認心理師過去問第5回53 公認心理師試験

第5回公認心理師試験・午前問53は、ナラティブ・アプローチでいう「ナラティブ」の概念理解を問う問題です。正答は②と③です。重要なのは、ナラティブを単なる「話の内容」ではなく、語るという行為を含むものとして捉え、人間が経験を意味づける認識形式の一つとして理解することです。

実際の問題文

問53 ナラティブ・アプローチで用いられるナラティブの概念の説明として、適切なものを2つ選べ。

① ABCシェマの形式をとる。
② 内容であると同時に行為も意味している。
③ 人間の認識形式の1つに位置付けられる。
④ 一般的な法則を探求するための手がかりとなる。
⑤ 語り手や環境とは切り離された客観的な現実を示すものである。

問題文の読み解き

ナラティブという語は、日本語では「物語」「語り」などと訳されます。しかし、心理学でいうナラティブは、既に出来上がったストーリーの内容だけを指すわけではありません。誰が、誰に、どのような文脈で、どのように語るかという行為そのものも含まれます。

また、Brunerは、人間の思考や理解のあり方として、論理―科学的モードとナラティブモードを区別しました。つまりナラティブは、出来事を時間的・意味的なつながりの中で理解するための認識形式として扱われます。

正答② ナラティブは内容であると同時に行為でもある

若島孔文は、ナラティブの特徴として「物語を語るという行為」を挙げています。語られた内容だけでなく、語ること自体が対人関係の中で意味を持ちます。誰に向けて語るか、どのような問いかけを受けたか、どの文脈で語ったかによって、同じ経験でも語り方や意味づけが変わり得ます。

臨床場面でも、クライエントが自分の経験を語る過程で、これまでとは異なる意味づけが生まれることがあります。したがって、ナラティブは固定された記録ではなく、語りの行為を通して生成・再構成されるものとして理解します。

正答③ ナラティブは人間の認識形式の一つ

サトウタツヤは、Brunerによる論理―科学的モードとナラティブモードの関係を整理しています。論理―科学的モードは、一般化や因果関係の記述に向きます。一方、ナラティブモードは、具体的な出来事や経験を、時間、関係、主体的意味づけの中で理解します。

つまり、ナラティブは「単なるお話」ではなく、人間が自分や世界を理解するための認識・意味づけの形式です。この点が③の正答根拠になります。

ナラティブと「客観的事実」は同じではない

ナラティブは、客観的事実をそのまま写し取ったものではありません。同じ出来事でも、語り手の立場、時間の経過、相手との関係、文化的背景によって、どの出来事が選ばれ、どのような意味が付与されるかが変わります。

これは「事実はどうでもよい」という意味ではありません。臨床では、安全や法的責任に関わる事実確認が必要な場合があります。一方で、ナラティブ・アプローチは、事実確認だけでは捉えられない「本人がその経験をどう意味づけているか」に注目します。

一般法則の発見だけを目的としない

ナラティブは、個別の経験、文脈、意味づけを重視します。すべての人に当てはまる一般法則を探すことが中心ではありません。一般法則を重視する研究や理解は、むしろ論理―科学的モードや法則定立的アプローチと親和性があります。

国家試験では、「ナラティブ=一般法則を発見する方法」と結びつける選択肢は誤りとして見分けます。

ナラティブとABCモデルを混同しない

ABCモデルは、出来事、認知・信念、結果などを整理する認知行動的な枠組みと関連します。もちろん臨床では、ナラティブ・アプローチと認知行動療法を排他的に扱う必要はありませんが、ナラティブの定義そのものがABC形式というわけではありません。

試験では、「他の心理療法で用いる代表的な枠組み」をナラティブの定義にすり替えていないか確認します。

ナラティブ・アプローチとは

問題と人を分けて考える

ナラティブ・アプローチでは、問題を本人の人格そのものと同一視せず、問題との関係を整理する視点が用いられます。本人が「自分はダメな人間だ」と語っている場合、その自己記述だけを唯一の物語とせず、別の経験や例外に注目していきます。

支配的な物語と別の物語

人は、自分について一つの説明だけを持っているわけではありません。困難が続くと、失敗経験だけがつながった支配的な物語が強くなることがあります。臨床では、その物語に合わない経験や、本人の価値・希望につながる出来事を一緒に見つけます。

専門家が唯一の正解を与えない

ナラティブでは、専門家だけが本人の人生の「本当の意味」を知っているという立場を避けます。本人の語りを尊重しながら、対話の中で新しい意味づけを共同で作っていきます。

語りは相手によって変わる

語りは常に関係の中で生じます。面接者の問い方が変われば、語られる内容も変わります。「なぜできなかったのですか」と聞く場合と、「少しでもできたときは何が違いましたか」と聞く場合では、本人が思い出し、言葉にする経験が変わる可能性があります。

このため、臨床家は自分の質問や前提が語りの形成に影響することを自覚する必要があります。

既存記事との関連

既存の第3回午前問44「ナラティブ・アプローチ」では、ナラティブ・アプローチの基本的な考え方を扱っています。本問は、その実践技法より一段抽象度の高い「ナラティブとは何か」という概念理解を問う問題として整理すると分かりやすくなります。

試験での見分け方

ナラティブの選択肢では、「語り」「意味づけ」「文脈」「認識形式」「語る行為」といった語が手掛かりになります。反対に、「客観的事実をそのまま再現する」「一般法則を発見する」「固定的な形式に当てはめる」といった表現は、ナラティブの中心的特徴から外れます。

ナラティブは「語られた後」に固定されない

ナラティブは、一度語られたら変わらない記録ではありません。人は新しい経験をしたり、別の人と話したりする中で、過去の出来事の意味を捉え直すことがあります。以前は「失敗だった」としか思えなかった出来事が、後から振り返ると価値観を変えた転機として語られることもあります。

この可変性は、ナラティブ・アプローチが「正しい物語を作る」方法ではないことを示しています。本人が今どのように経験を意味づけているかを尊重しながら、必要に応じて別の見方や語り方が生まれる余地を持たせます。

「意味づけ」とナラティブ

出来事の選択

人が自分の人生を語るとき、すべての出来事を同じ割合で語るわけではありません。現在の関心や感情に合う出来事が選ばれ、つながれていきます。たとえば「自分はいつも失敗する」という語りが強いと、失敗経験は思い出されやすく、成功経験は見落とされやすくなります。

出来事同士のつながり

選ばれた出来事は、時間的・因果的・意味的につながれます。「あの失敗があったから今も自信がない」と語る場合、出来事の間に本人なりの意味のつながりが作られています。ナラティブを理解するには、個々の出来事だけでなく、それらがどう結びついているかを見ます。

語り手の位置づけ

同じ出来事でも、自分を「被害を受けた人」と位置づけるか、「困難を乗り越えた人」と位置づけるかで語りは変わります。臨床では、本人がどの位置から自分の経験を語っているかを理解することが重要です。

ナラティブと文化・社会

個人の語りは、完全に個人の内側だけで作られるわけではありません。家族、学校、職場、社会で共有されている価値観や言葉が、本人の自己理解にも影響します。たとえば「弱音を吐かない人が立派」「学校へ行けないのは努力不足」といった社会的な語りが、本人の自己評価に入り込むことがあります。

ナラティブ・アプローチでは、本人の語りだけでなく、その背後にある社会的・文化的な前提にも注意を向けます。本人の問題に見えていたものが、環境や関係の中で作られている場合もあるからです。

ナラティブ研究と臨床実践

ナラティブは臨床だけでなく、質的研究でも重要な概念です。研究では、人が経験をどのような物語構造で語るかを分析し、個人の意味世界や文化的背景を理解します。数量的研究のように多数の人から共通法則を抽出するのとは異なる強みがあります。

ただし、ナラティブ研究とナラティブ・セラピーは同じものではありません。研究方法として語りを分析することと、臨床介入として語りの再構成を支援することは目的が異なります。国家試験では、文脈に応じて両者を区別します。

「語り」をそのまま原因説明にしない

本人の語りは重要ですが、語られた内容をそのまま客観的な因果関係として扱うわけではありません。「あの出来事のせいで今こうなった」と語られていても、その語りが現在の本人にどのような意味を持つかを理解することと、医学的・科学的な因果関係を確定することは別です。

ナラティブを扱う際は、意味づけを尊重しつつ、必要な場面では他の情報源や評価も併用します。特に安全、医療、法的判断が関わる場面では、語りだけで結論を出さないことが重要です。

ナラティブ・アプローチでの質問

ナラティブ・アプローチでは、問題中心の語りだけに沿うのではなく、例外的な経験や価値観に気づく質問が用いられます。たとえば「問題が少し弱かったときは何が違いましたか」「その状況でも大切にしていたことは何ですか」といった問いは、本人の経験の別の側面を言語化する助けになります。

質問は答えを誘導するためではなく、これまで語られていなかった経験へ注意を向けるために用います。面接者の前提を押し付けず、本人が意味を作る過程を支える姿勢が重要です。

まとめ

第5回午前問53の正答は②と③です。ナラティブは、語られた物語の内容であると同時に、語るという行為そのものでもあります。また、人間が経験を時間的・関係的・意味的につなぎ、自分や世界を理解する認識形式の一つです。ナラティブ・アプローチを理解する際には、「内容」「行為」「意味づけ」「文脈」の4点を押さえると整理しやすくなります。

参考文献・資料

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