第4回公認心理師試験・午前問72は、中年期の発達課題や心理社会的変化を事例から見分ける問題です。正答は⑤ セルフ・ハンディキャッピングです。設問は「該当しないもの」を選ぶ形式で、Aの年齢、身体症状、娘の離家、今後への展望の持ちにくさ、若い世代へ料理を教える行動をそれぞれの概念に対応させる必要があります。
- 実際の問題文
- 問題文の読み解き
- 正答⑤ セルフ・ハンディキャッピング
- ① 更年期障害が該当し得る理由
- ② 空の巣症候群が該当し得る理由
- 空の巣症候群は独立した精神疾患診断ではない
- ③ アイデンティティ危機が該当し得る理由
- 中年期に起こる役割の再編
- ④ 生成継承性〈generativity〉が該当する理由
- 生成継承性は「親になること」と同義ではない
- セルフ・ハンディキャッピングとの決定的な違い
- 弱視という情報をどう読むか
- 試験での見分け方
- 更年期症状と心理社会的要因は重なり得る
- アイデンティティ危機と役割喪失
- 生成継承性と停滞
- 実務ではラベルより経過を見る
- まとめ
- 参考文献・資料
- Yamashun|臨床心理士・公認心理師
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実際の問題文
問72 53歳の女性A。Aには軽度の弱視がある。結婚・出産を機に仕事を辞め、その後は就業していない。一人娘が就職し一人暮らしを始めた頃から、抑うつ、ほてり、頭痛、倦怠感、不安がみられ、これから何をしてよいのか展望が持てない状態が続いた。最近は、かつて仕事や趣味で行っていた料理を、20〜30歳代の女性らにボランティアで教えており、その人たちとの会話を楽しみにしている。
Aのここ数年来の心身の状態として、該当しないものを1つ選べ。
① 更年期障害
② 空の巣症候群
③ アイデンティティ危機
④ 生成継承性〈generativity〉
⑤ セルフ・ハンディキャッピング
問題文の読み解き
この問題では、一つの症状や一つの出来事だけで判断せず、Aの生活史と現在の行動を分けて読みます。53歳という年齢、ほてり・頭痛・倦怠感、不安や抑うつは更年期にみられ得る心身症状と整合します。娘が就職して一人暮らしを始めたことは、子どもの離家に伴う「空の巣」の文脈と関連します。
また、「これから何をしてよいのか展望が持てない」という記述は、自己像や役割の再検討というアイデンティティの揺らぎを示唆します。一方、最近になって若い世代へ料理を教え、その交流を楽しんでいる点は、次世代を育み貢献する生成継承性に対応します。
これに対して、失敗時の自己評価を守るためにあらかじめ不利な条件を作ったり主張したりするセルフ・ハンディキャッピングの構造は、この事例にはありません。そのため⑤が正答です。
正答⑤ セルフ・ハンディキャッピング
セルフ・ハンディキャッピング〈self-handicapping〉は、失敗したときの自己評価へのダメージを減らすために、あらかじめ遂行を妨げる条件を作る、あるいはそのような障害があると主張する方略です。たとえば試験前に十分勉強しない、前日に夜更かしする、「体調が悪かった」と先に強調する、といった例が典型です。
本問のAには、こうした「失敗したときの言い訳を先に用意する」「成功したときには能力の高さを強調できるようにする」という自己防衛的な遂行調整は描かれていません。軽度の弱視という情報も、セルフ・ハンディキャッピングの証拠にはなりません。
① 更年期障害が該当し得る理由
厚生労働省資料では、更年期にみられる症状として、ほてり・のぼせ、発汗、動悸、頭痛、めまい、易疲労感、気分の落ち込み、不安感などが挙げられています。本問のAにも、ほてり、頭痛、倦怠感、抑うつ、不安がみられています。
したがって、試験事例としては更年期障害に整合する症状です。ただし、実際の臨床ではこれらの症状だけで更年期障害と確定するわけではなく、身体疾患や精神疾患などの鑑別も必要です。
② 空の巣症候群が該当し得る理由
空の巣症候群〈empty nest syndrome〉は、子どもの自立・離家などを契機として、親が喪失感、寂しさ、役割の変化、抑うつなどを経験する状態を指す表現です。本問では、一人娘が就職し一人暮らしを始めた頃からAの抑うつや不安がみられています。
事例上はこのタイミングが空の巣の文脈と対応します。ただし、子どもの離家による反応は人によって大きく異なり、解放感や新しい自由を感じる人もいます。すべての親に空の巣症候群が起きると考えるのは誤りです。
空の巣症候群は独立した精神疾患診断ではない
空の巣症候群は、DSMのような診断分類で独立した精神疾患として位置づけられているわけではありません。子どもの離家に伴う心理的・社会的変化を表す臨床・社会心理的な表現として用いられます。
公認心理師試験では用語の意味を理解して選択肢を判断しますが、実務では「空の巣症候群だから」と早急にラベルづけするのではなく、本人の生活歴、夫婦関係、役割変化、身体症状、社会的つながりなどを確認します。
③ アイデンティティ危機が該当し得る理由
アイデンティティ危機は、自分が何者で、今後どのように生きるかという自己像や役割が揺らぐ状態を指します。青年期だけの問題ではなく、成人期・中年期にも役割変化やライフイベントを契機として生じ得ます。
Aは結婚・出産を機に仕事を辞め、その後は就業していません。さらに娘が自立し、これまで中心だった役割が変化する中で「これから何をしてよいのか展望が持てない」と感じています。この点はアイデンティティ危機と整合します。
中年期に起こる役割の再編
中年期には、子どもの自立、親の老い、仕事上の立場の変化、自身の身体変化など、複数のライフイベントが重なることがあります。そのため、これまで担ってきた役割や価値観を見直し、今後の生き方を再構成する課題が生じやすい時期です。
本問では、Aが家庭内の役割変化を経験しつつ、新たに若い世代へ料理を教える活動へ移行している点が重要です。
④ 生成継承性〈generativity〉が該当する理由
Eriksonの心理社会的発達理論では、中年期の主要課題として生成継承性〈generativity〉対停滞が示されています。生成継承性とは、次世代を育て、導き、社会や文化へ何かを引き継いでいこうとする関心や活動です。
子育てだけに限定される概念ではありません。教育、後輩指導、地域活動、創造活動、知識や技能の伝承なども生成継承性の表れになり得ます。本問でAが20〜30歳代の女性に料理を教え、その交流を楽しんでいることは、この概念に直接対応します。
生成継承性は「親になること」と同義ではない
生成継承性を「子どもを持つこと」だけで覚えると誤答しやすくなります。Eriksonの枠組みでは、次世代や社会への関心と貢献が中心です。本人の知識・技能・経験を次の世代へ伝えることも含まれます。
Aは料理という自分の経験を若い世代へ提供しています。ここでは、過去の役割喪失だけでなく、新しい社会的役割の獲得が示されている点にも注目します。
セルフ・ハンディキャッピングとの決定的な違い
生成継承性
他者や次世代へ関わり、育成・貢献・伝承を行う方向の概念です。
セルフ・ハンディキャッピング
自分の遂行結果に対する自己評価を守るため、失敗の原因となり得る障害をあらかじめ作ったり強調したりする方略です。
本問のA
Aは若い世代へ料理を教えていますが、これは失敗の言い訳作りではありません。むしろ自分の経験を他者へ伝える積極的な社会参加です。
弱視という情報をどう読むか
事例にはAに軽度の弱視があると書かれています。しかし、設問はここ数年来の心身の状態を問うものであり、弱視をセルフ・ハンディキャッピングと結びつける根拠はありません。
セルフ・ハンディキャッピングは、実際に障害や疾患があること自体を指す言葉ではありません。「その条件を自己評価防衛のために利用しているか」という心理的機能が重要です。本問にはその記述がありません。
試験での見分け方
身体症状と年齢
50歳代前後でほてり、頭痛、倦怠感、不安などがあれば、更年期に関連する可能性を考えます。
子どもの離家
子どもの独立後に喪失感や抑うつが強まるなら、空の巣の文脈を検討します。
次世代への貢献
若い世代へ知識や技能を伝える行動は、生成継承性の手掛かりになります。
失敗の言い訳作り
遂行前に障害を作る・強調する構造がなければ、セルフ・ハンディキャッピングとは考えにくいと判断します。
更年期症状と心理社会的要因は重なり得る
本問では、身体症状と心理社会的変化を一つの原因だけで説明しないことも重要です。Aのほてりや頭痛、倦怠感は更年期にみられ得る一方、娘の離家や役割変化、将来展望の持ちにくさは心理社会的ストレスとして重なっています。実際の支援では、身体面と心理面を切り分け過ぎず、必要に応じて医療機関とも連携します。
特に中年期は、身体変化、家族役割、親の介護、仕事、夫婦関係など複数の課題が同時期に起こり得ます。そのため、単一のラベルで全体を説明するより、どの変化が本人の負担になっているかを整理することが実務上重要です。
アイデンティティ危機と役割喪失
アイデンティティ危機は、これまで自分を支えてきた役割や価値観が変化し、「これからの自分」を再構成する必要が生じたときに表れます。Aは長く家庭生活を中心にしてきた一方、娘の自立によって母親としての日常的役割が縮小しました。
ここで注目したいのは、Aがその後に料理を教える活動を始めている点です。これは、従来の役割を失ったまま停滞しているだけでなく、新たな社会的役割を形成し始めていることを示しています。
生成継承性と停滞
Eriksonは中年期の心理社会的課題を「生成継承性対停滞」としました。生成継承性が十分に発達すると、自分の経験や資源を次世代へつなぐことに関心が向きます。一方、停滞は自己への関心が中心となり、次世代や社会への関与が乏しい状態として対比されます。
本問のAは、若い世代へ料理を教え、会話そのものも楽しんでいます。これは単なる暇つぶしではなく、技能の伝承と世代間交流という生成継承性の特徴をよく示しています。
実務ではラベルより経過を見る
臨床や相談場面では、「更年期」「空の巣」「アイデンティティ危機」などのラベルを当てること自体が目的ではありません。症状がいつ始まり、何と関連して変化したか、生活上どの機能が低下しているか、どの活動が回復資源になっているかを確認します。
Aの料理教室は、社会参加、役割獲得、他者交流という複数の機能を持つ可能性があります。このような保護要因も含めて見立てることが、心理支援では重要です。
まとめ
第4回午前問72の正答は⑤ セルフ・ハンディキャッピングです。Aの年齢と身体症状は更年期、娘の離家は空の巣、今後への展望の持ちにくさはアイデンティティ危機、若い世代へ料理を教える行動は生成継承性と対応します。一方、失敗時の自己評価を守るための障害づくりというセルフ・ハンディキャッピングの構造はみられません。


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